アーティスト紹介

1969年韓国生まれ。ソウル漢陽(ハンニャン)大学を卒業後、イタリアのヴェルディ音楽院を修了。ヨーロッパ各地の声楽コンクールで優勝を重ねデビュー。ハンガリー国立歌劇場、ビルバオ、トリノ市立歌劇場、サヴォリンナ・オペラフェスティバルなど本場各地でも成功を修める。

世界的にも貴重な「リリコ・スピント」の声質を持ち、日本では、2003年9月渋谷オーチャードホールにて行われたヴェルディ「イル・トロバトーレ」で衝撃的な日本でビューを飾った。

「アジアのオペラ史上最高のテノール」と称されながら、ヨーロッパの歌劇場で活躍中の2005年10月、甲状腺ガンに襲われ、その摘出手術の際、声帯と横隔膜の両神経を切断。歌声と右側の肺の機能を失う。しかし多くのファンの支援のもと声帯機能回復手術を受け、厳しいリハビリの日々を送る姿が日韓両国でテレビ番組に取り上げられ、多くの共感を呼んだ。

2008年より教会などで演奏を再開し、同年12月CD「輝く日を仰ぐとき」の録音と同時に奇跡ともいえる舞台復帰を果たし「奇跡のテノール歌手」と呼ばれ注目されている。

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ムッシュかまやつ・泉谷しげる トーク&ライブムッシュかまやつ・泉谷しげる トーク&ライブ

グループサウンズとフォークの両雄、ムッシュかまやつと泉谷しげる。接点があるようでないような二人が繰り広げる台本ナシの本音トークと圧巻の弾き語りライブ。トークの内容は社会情勢、業界裏話からただの世間話まで・・・日本音楽シーンの第一線で活躍を続けてきた二人ならではのジャムセッションのような掛け合いは絶妙です。

古希を越えたムッシュかまやつと還暦を過ぎた泉谷しげる・・・合わせて130歳越えの二人が魅せるエネルギッシュなステージは、二人と同じ時代を生きてきた大人はもちろん、ミュージックフリークの若者をも魅了する刺激に満ちています。

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1997年11月、玉川学園学園祭前日、井尻慶太のピアノにあわせ、こんやしょうたろうが歌ってみたら、初めてなのに息がぴったり。そのまま次の日、グループ名をパウロ・コエーリョの小説『アルケミスト』から命名し、学園祭ライブに出演。アルケミストの音楽の旅が始まる。

ライブで行う"即興コーナー"(客席から歌詞に入れる三つのお題を出して貰い、即興で作詞作曲し、演奏・歌うコーナー)は、アルケミストならではの"歌を紡ぎ出す離れ業的"パフォーマンスであり、聴く者にとってはアルケミストのライブの醍醐味である。

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クミコクミココンサート2012

公式サイト

1978年「世界歌謡祭」に日本代表の一人として参加。1982年に「銀巴里」でプロ活動をスタート。2002年アルバム「愛の讃歌」に収録した「わが麗しき恋物語」が異例の大ヒット。2007年デビュー25周年を迎え、中島みゆき書き下ろしの新曲「十年」を収録したアルバム「十年~70年代の歌たち~」をリリース。2008年アルバム「友よ!~あの出発を"青春"と呼ぼう~」を発表。2009年2月には、主婦サイト「キャリア・マム」から生まれ、シリーズ32万部突破した涙が止まらなくなるエッセイ集「届かなかったラヴレター」(覚 和歌子:作詞×三木たかし:作曲)をリリース。同作品を舞台化したミュージカル仕立ての歌語り「届かなかったラヴレター」や井上芳雄さん・徳光和夫さん・上柳昌彦さんと共に、同作を朗読と名曲で綴ったハートフルコンサートを実施。また2010年には「届かなかったラヴレター」を含む新作ミニアルバム「『届かなかったラヴレター』ソングブック」をリリース。最新シングル「INORI~祈り~」は、USEN総合チャート1位、Yahoo検索ランキング2位になるなど各方面で話題になり、2010年12月31日「第61回NHK紅白歌合戦」に初出場が決定した。

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AUGUSTO ENRIQUEZ & BUENAVISTA ALLSTARSAUGUSTO ENRIQUES & BUENAVISTA ALLSTARS

公式サイト

現在キューバ国内外で広く活躍をしているマンボの王様「アウグスト・エンリケス」がいよいよ日本に初上陸。彼には様々なエージェントから日本公演でのオファーがありながら実現せず、ようやく念願の日本初ツアーが決定しました。その実力は、2002年に三大テノールの一人「ルチアーノ・パヴァロッティ」が主宰する「パヴァロッティ・アンド・フレンズ」というイタリアで開催されたコンサートにキューバから唯一招待され、デュエットを果たすほど。他にもスティング、ジェームス・ブラウンなどの著名な歌手とも競演しています。

日本初ツアーには、キューバの有名なキャバレー「トロピカーナ」の音楽ディレクターを長年務め、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で一躍脚光を浴びた偉大な歌手「イブライム・フェレール」の音楽ディレクターでもあった「デメトリオ・ムニョス」を音楽ディレクターとして迎え、さらにバックバンドには「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」で活躍していた多数のミュージシャンが参加。さらにトレスの王様「パンチョ・アマート」をゲストに加え豪華なステージを作り上げます。ダンサーには「トロピカーナ」で現在も活躍しているトップダンサーに加え、女性歌手・男性歌手も入り、これ以上にない豪華で贅沢なステージになること間違いなしです。

昔懐かしい「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」び音楽はもちろん、誰もが知っているキューバのヒット曲から現代のサルサまで組み入れたキューバ音楽にぜひご期待下さい。

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谷村新司ココロの学校

公式サイト

「生涯(リカレント)教育」という言葉が、老若男女問わず浸透し始めてきた今、「強いられる勉強」ではなく、「自らが望んで学ぶ」ための場所を創りたい・・・そんな思いから誕生したのが「ココロの学校」です。

テーマは「音で始まり、歌で始まる」。理屈ではなく「音を感じるライブ」と、なるほど!納得!の「ココロのトーク」で参加する皆さんと一緒に感動を分かち合うカルチャープログラムです。

谷村新司がココロの校長先生となって、学びたい人が望めば全国できる限り出かけていく移動学校キャラバンです。

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ザ・ニュースペーパー~社会風刺コント集団~

公式サイト

政治・経済・事件・芸能・スポーツと、国内外問わずそのときの"旬"なニュースをネタに舞台を作り上げます。また御希望によって、プロジェクターを駆使した地元ネタも創作いたします。
難しいことを易しく、易しいことを深く、そして深いことを分かりやすく、面白く演じます。
「笑いにタブーはない!!」をモットーに、ユーモアとペーソスたっぷりのステージを繰り広げる彼らは『社会風刺コント集団』 ザ・ニュースペーパーです!

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ミゲルアンヘル・フラメンコ舞踊団‐アンダルシア情熱の瞬間‐

数多くあるフラメンコ舞踊団の中でもミゲル・アンヘルの舞台は必見です。
情熱の国スペインのアンダルシア地方、その風を感じさせる踊りや唄、そして演奏。毎年海外公演を数多くこなすミゲルのオリジナリティ溢れる演出は多くの人を魅了してやみません。
情熱を織り成すバイレ(踊り)、心揺さぶるカンテ(唄)、激しくも哀愁を秘めたギターの響き、そしてアンダルシアの恵み。多様な風土と感性が育んだフラメンコ・アートは、その音楽性と華麗なビジュアルで観る人に感動を与えてくれます。

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水森かおり水森かおりコンサートツアー2011 ~歌謡紀行~

公式サイト

 95年にデビュー。その2年後に発売された『東尋坊』から『鳥取砂丘』『釧路湿原』『五能線』『ひとり薩摩路』『輪嶋朝市』『安芸の宮島』『松島紀行』と大ヒット続出。NHK紅白歌合戦では8年連続出場を果たし、"ご当地ソングの女王"と呼ばれ、カラオケファンはもとより沢山の演歌ファンに親しまれている。

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秋川雅史秋川雅史コンサートツアー 希望の翼~voice of hope~

公式サイト

甘いルックスと迫力ある美声から"テノールの貴公子"と呼ばれ、2006年~2008年とNHK紅白歌合戦に連続出場。オリコンシングルチャートでクラシック史上初の第一位を獲得した「千の風になって」は、彼の代表曲として、今なお全国各地でファンの心を捉えています。2009年2月にはドラマの主題歌でも話題となった2枚目のシングル「ねがい」をリリース。力強く歌い上げたれる壮大なバラードからは、秋川雅史の新しい一面がうかがえます。誰をも唸らせるその歌声とは裏腹に、コンサートでは軽妙なトークを聞かせたり、地元・愛媛の西条祭りには毎年必ず参加するほどの祭り好きであったりと、意外なパーソナリティも魅力的です。

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人形劇俳優・演出家 Puppet Show Actor&Director

1981年北海道生まれ。12歳のときに、ひとり人形劇「どんぐりと山猫」でデビュー。19歳で拠点を東京に移しジョウズグループを設立。東京都・西新宿に専用劇場「THEATER JO」を構えている。自身も俳優として劇世界に参加しながら、様々な種類の人形を見事に操りつつ進行する独自の舞台は観る者を魅了する。脚本・演出・音楽・美術も手掛ける。大人の観客限定による文学作品(寺山修司「毛皮のマリー」、泉鏡花「天守物語」、サン=テグジュペリ「星の王子さま」、水上勉「はなれ瞽女おりん」など)から赤ちゃんのための公演まで幅広いレパートリーを20以上を抱えながら、国内のみならず海外からの招聘も受け各地で上演。ミュージカル「オズの魔法使い」は1000名以上の観客を対象とした大型人形劇作品として新国立劇場中劇場など、全国の大ホールを巡回上演中。「毛皮のマリー」で日本人形劇大賞銀賞を最年少で受賞。そのほか子どものためのオリジナル作品が厚生労働大臣より表彰されるなど受賞多数。2011年秋、国際交流基金と外務省の主催により、日本人アーティストとして初めてパレスチナを巡回、現地の観客を熱狂させた。その多彩な活躍がTV「ワールドWAVE」(NHK)、「とくダネ!」(フジ)、「NEWS23」(TBS)などの報道番組でも度々取り上げられるほか、「ノンフィクションW」(WOWOW)などの長編ドキュメントも放映されるなど各界からの注目を集めている。


19811028日生まれ。北海道札幌市出身。12歳のときに、ひとり人形劇「どんぐりと山猫」(宮沢賢治原作)で札幌の人形劇界にデビュー。以後受賞多数。01年、拠点を東京に移しジョウズグループ(たいらじょう人形劇事務所)を設立。寺山修司原作「毛皮のマリー」、泉鏡花原作「天守物語」、サン=テグジュペリ原作「星の王さま」など、大人のためのR15人形劇から、子どものためのオリジナル作品、また赤ちゃんのための人形劇まで、多彩な演目を国内外にて上演すると同時に、多数の講演活動や演技指導を各地で行う。テレビ・新聞などのメディアでも多数とりあげられ、各界からの注目を集める人形劇アーティスト。演出・美術・構成、操演、全てをひとりで行う。

公式ホームページURL http://tairajo.com

 

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60年~70年代に一世を風靡した歌謡。マヒナスターズ、鶴岡正義と東京ロマンチカ、ロス・プリモス、ロス・インディオス。当時を華やかに彩った彼らが送るヒット曲の数々。じんわりと思い出され、忘れられない・・・。心地よく酔いしれることのできる大人の音楽。ロマンチックな大人の男女の世界、懐かしさ誘うコーラスの響き。
あの懐かしい歌が、今また最高のヴォーカルと魅惑のハーモニーで甦る。
少しの間、あの懐かしいナイトクラブへ皆様をご案内致します。

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古謝美佐子「古謝美佐子 沖縄のこころのうた」〜初春の唄会〜

公式サイト

沖縄の唄者、古謝美佐子。
幼少の頃より沖縄の民謡や芝居にいそしみ、9歳でデビュー。
1986年、坂本龍一のプロジェクトに参加。我如古より子、」玉城一美と共に「オキナワチャンズ」として、レコーディングや国内外のライブに参加。
知名定男のもとに結成された沖縄民謡女性コーラスグループ「ネーネーズ」にリーダーとして参加。6枚のアルバムと1枚のシングルを発表。アメリカ・ヨーロッパなどでの海外公演を行う。
ネーネーズを脱退後、1996年より佐原一哉とソロ活動を開始。翌年、ネーネーズ脱退後、初のシングル「童神」を発表。その後加藤登紀子、花*花、夏川りみ等多くのアーティストにカバーされる。
洗練され、温かく、心に沁み入る歌声と三線は必聴です。

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初来日から十数年、長年に渡り多くの人々を魅了している、『エンリケ・クッティーニ楽団~TANGO EMOTION~』。
日本人の司会者が入り、タンゴを観るのも聴くのも初めてというお客様に最適な、とても分かりやすい公演です。
アルゼンチンタンゴにこだわらず、ラテン・シャンソン・コンチネンタルタンゴなど、聴き馴染みの深い曲を中心にお届けします。楽しく、美しく、感動的な舞台。日本が大好きなマエストロ:クッティーニの話術にもますます磨きがかかり、客席を盛り上げます。
哀愁のピアノの旋律と、バンドネオンの切ない嘆きが、ブエノスアイレスの場末の酒場へ誘います。

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吉田兄弟吉田兄弟「三味線だけの世界」/「弦奏~津軽三味線とクラシックのマリアージュ~」

公式サイト

ビールのCMに出演するなど、以前衰えぬ人気の津軽三味線奏者。激しくバチをたたくダイナミックな演奏は、「ネオ津軽三味線」と評される。常に新しいスタイルを探求し続ける意欲と、守るべき伝統のバランスを保ち続ける。
今やニューヨークやロサンゼルス等、海外にまで活躍の場を広げている。
津軽三味線のあらたな可能性を開拓する若きリーダー。卓越した技術と瑞々しい感性から生み出される、魂を揺さぶる音楽。

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八神純子八神純子 コンサートツアー2012  翼 ―私の心が聞こえますか。―

3歳からピアノを、小学校1年生から日本舞踊を習う。幼い頃から歌が大好きで、自宅でも壁に向かってザ・ピーナッツやシャーリー・バッシーの歌をうたいつづけ、両親を呆れさせたという。愛知淑徳高等学校合格と共にヤマハのヴォーカルタレントスクールに通い始める。16歳のとき初めて作詞作曲した『雨の日のひとりごと』が、1974年、第8回POPCON優秀曲賞に入賞。同年、同じ曲で第5回世界歌謡祭出場。1975年、第9回ヤマハポピュラーソングコンテスト優秀曲賞に入賞。同年、第6回世界歌謡祭で歌唱賞を受賞。1976年、高校3年のとき、第17回チリ音楽祭で6位入賞。 高校卒業後は音楽の道に進み、20歳のとき『思い出は美しすぎて』でプロ歌手としてメジャーデビュー。この曲は売上11.5万枚の小ヒットとなる。 原宿の歩道橋で不意に曲想を得て『みずいろの雨』を作曲(作詞は三浦徳子)。この曲を同年に3枚目のシングルとしてリリースしたところ、1978年から1979年にかけてレコード売上58万8000枚を記録、自身最大のヒット曲となる。その後も『想い出のスクリーン』『ポーラー・スター』『Mr.ブルー 〜私の地球〜』などもヒット。 また、1980年暮れの「第31回NHK紅白歌合戦」には、これも56万4000枚の大ヒットとなった『パープルタウン 〜You Oughta Know By Now〜』で初出場を果たした。 2月15日より11年ぶりとなる全国ツアー『翼 -私の心がきこえますか。-』が奈良県文化会館 国際ホールを皮切りに行われる。

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※この他にもたくさんのアーティストの公演を行っています。